倹約から生まれた寿司

6月27日はちらし寿司の日なのです。

ちらし寿司は岡山県の郷土食なのです。
備前の国のお殿様が「一汁一菜」の倹約令を出した池田光政の命日が新暦では1682年に亡くなった事からこの日誕生したのです。

しかし、この一汁一菜に反対した庶民が魚や野菜など寿司に混ぜ込んだ事で一菜となってちらし寿司の形が出来たと思われています。
この「一汁一菜」が今の和食の形になったのです。

この意味は一つ汁と一つのおかずなんだそうです。
つまり、味噌汁とおかずがあればいいと思ったそうです。

そんな理由から生まれたちらし寿司ですが、今や岡山県の名物となったそうです。

それぞれの家では野菜や油揚げを出しで煮て冷ましてから酢飯をの中に入れて混ぜるのです。
飾りにエビなど魚介類や錦たまごなど飾るそうです。

分けて食べるのですがここで組み合わせているのがお吸い物なのです。
お吸い物は季節によって中身を変えているそうです。

岡山県は香川県が近いと言う事でうどんを出している所もあるそうです。

ちらし寿司には変わった事も出来るのです。

お弁当箱を開けたら白米と勘違いされていますがひっくり返すと豪華なちらし寿司だったのです。
これは「かくれ寿司」と言いましてお殿様に見つからないように庶民がわざと考えた事だったそうです。

お祭り寿司つまり「ちらし寿司」の始まりなのです。

こうして全国各地に広がったのです。

家で煮炊きが大変だと思われています。
現在はちらし寿司の元が出来ていましてごはんに混ぜるだけで出来上がりなのです。

簡単に出来る物があります。

地元岡山県の駅弁にもちらし寿司になっているのです。
私が食べた祭り寿司は「キティちゃん」のお弁当箱に入っていました。

売ってないと思われていますが懐かしく思っています。

ちらし寿司が恋しくなったので食べてみたいと思っております。